恐らくこのCDはそんなには売れないだろう。TVやラジオのTOP10にも絶対に顔を出す事はないだろう曲々。至って地味だし、若い人々に対するアピールや媚も全くない。
しかし、この懐かしい名前のアーティストのアルバムをレコード店で見つけた私は思わず手を伸ばしてしまった。
そして、帰宅し、プレーヤーのトレイにディスクをセットする。(盤に針を降ろす、という厳粛な儀式を忘れてどの位になるのだろうか)
小室等の音楽に対するスタンスは30年近く変っていない、と感じるのは私だけだろうか。
世の中は恐ろしいほどに目まぐるしく変化し、流れているが、この円盤の中では時間があの頃のまま止まっているように思えた。
もちろん、30年も進歩がないなどと言う事は有り得ないし、このアルバムの音やそこで訴えかけてくる歌詞はあの頃--私がまだ学生だった頃聞いた「小室等」と全く同じではない。と、言うよりもこれは明らかにあの頃の小室等や「六文銭」とは確かに異なる物なのだ。が、しかし、ここには手塩にかけて創られて、そして大切に守られて来た伝統工芸のようなある種の輝きと、ひとときの安堵感があるのだ。
変っていないのはスタンスなのであって、アーティストの優しさに満ちた精神は、間違いなく深みを増している。
谷川俊太郎、武満徹、別役実、小室等…と言う名前を列挙してある種の記号として通用する世代はもはや若者ではないし、こういった創作活動に興味を持ちうる人々も、時代の中ではもはや少数派なのかもしれない。
私自身、最新の流行や音楽事情に興味が無いわけではないし、実際コンピュータやシンセサイザをもてあそぶ趣味を持っている。が、やはり、音楽の本質は電気に頼らない、人間の声帯や手足を使って直接空気振動を創り出して相手に伝えると言う事。
当然このCDもデジタル処理で録音され、それ以前に楽器としての最新のエレクトロニクスは使われている。これは現在の音楽制作において電子楽器やコンピュータの利用は不可欠となっているからであり、シンセサイザを使ったか使わなかったかなどと言う事は些細な問題である。重要なのは制作時の作者の精神、姿勢なのだ。
変わらない、と言う事は決して悪い事ではない。こうして守られて行く大切な物も確かにあるのだ。
ボーナストラックとしてのラスト3曲の内2曲は、あの名曲「雨が空から降れば」「守らずにいられない」なのだが、一聴してこれは1/4世紀前の物とは違っている。
空から降ってくる雨は有史以前から変わらないし、妻への愛も(20代でこの言葉はちょっと恥ずかしくて言えませんぜ、旦那)めぐり合ったときから変わってはいないのだけれど、(小室氏は)50代、(私は)40代と年を重ねると、同じ風景でも見えてくる物は明らかに違ってくるのだと。
この2曲だけのために小遣いを出費しても惜しくはないかも知れない。
(もちろん、その他の曲がつまらない、と言う事ではない。全編通して優しい気持ちになれる素晴らしいアルバムである。ボーナストラックのあと1曲はTVニュースのテーマとして書かれた物を武満徹指揮の新日フィルの演奏で収録している)
小室 等/時間のパスポート FORLIFE FLCF-3649 \3,000.(税込)
お会いした事のない“先輩”に…ありがとう!
Trck10 Walking Monday Morningをリピートしながら。
1996/12/01 石井宏実
笈川 光郎
編集者(い)